三重の美しい自然の中で身近な日常生活圏内にノルディックウォーキングを組み込んでみませんか?

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車のストレス負荷は意外と高いのでは?

今朝、体を休めるために一人でノルディックウォーキングに出かけた
いつものように国道23号線を行く
車の通行が激しくなってきた
人間はやはり他の動物と同じように
本能的に動くものに注意がいってしまうようだ
行きかう車とその騒音の嵐
しかし聞き耳をたてて気づいてほしい
車の騒音の中でも鳥が鳴き続けていることを・・・・
[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=zvab6LlHaiQ[/youtube]
私はそのことに約1年ほど前に気がついた
車って相当人間にストレス負荷をかけているに違いない

それ以来国道を途中で降りて
林の中を通る幹線道路へ道を変えることにしている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道を変えたといっても
そこは住宅地から都市部へつながる幹線道路
基本的に行きかう車は多いのだが・・・・

さて、私が赴任していたころのバンコクのスクンビット通りは
いつも粉塵と車と強い日差しに覆われていた
しかし毎朝1日の雑踏が始まる前の6時頃の都市部には
托鉢するカーキ色の僧侶の姿や一瞬の涼しさと静けさを楽しむ住民の
オアシスのような時間帯があったことを忘れはしない

幹線道路の早朝もやはり同じだ
せわしい出勤の雑踏が始まる前のひととき
そのときをねらってノルディックウォーキングをしに行く

歩き始めるとすぐ森の香りがする
この小さな森は
真夏のノルディックウォーキングでは涼しい冷気で
凍える季節には暖かい空気で
私を包んでくれた森だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中神社やノルディックウォーキングのフォームを練習した登り坂がある

まだ今なら、都市部にいても注意深く五感を働かせば我々の身近な生活の中に
自然の美しさを見つけることができる。手遅れにならないうちにそれに気づかないと
いけないのではなかろうか。

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清里の朝と夜!

清里の朝の景観

広大な緑色の牧草の果てに
富士山がぼんやり浮いて見える
朝靄にかすんだ山の稜線が重なり
まるで浮世絵のよう
牧場という西洋的な景色と日本的な山の景色

 

 

 

 

 

 

 

しばらく景観を楽しんだ後
カラマツ林をノルディックウォーキングする
地面がやわらかくストックや足の感覚が心地よい
こんなところがノルディックウォーキングにもっとも向いているのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清里の夜の景観

暗闇の夜の森の一人歩きは怖い
ましてや森の中にシートを敷いて
月を眺めてゆっくりゴロ寝するなんて!
(熊がでたらどうするの・・・・・)

今回はレンジャ-の引率のもとで
25名が各々好きなように散らばって
牧場の夜の月を楽しんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

月と向き合う静かな一人の時間
でもなんとなくみんなも近くにいるっていう安心感がある・・・・・

「ビービー」
オナラのような音
レンジャ-から終了の合図だ

月は優秀なカウンセラー!!

 

今回のセミナーは非常に有意義だった

同じ目標を追いかけている人たちの存在
同じ思いを持った人との出会い
日本を復興しようとした人たちの歴史

それらに触れ合うことでまた私自身の思いも少しクリアになったようだ

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いよいよ森林療法プログラム体験セミナー!

午後から「第一回森林療法プログラム体験セミナー」が始まった
北は青森から南は神戸までいろんな顔ぶれの29名が参加

 

 

 

 

 

「思うに残念ながら私は結構ミーハーだったんだ・・・」
と今私は反省しきりだ
失礼なことに今回現地にいって学ぶまでは
軽井沢や清里をテニス合宿等にいくおしゃれな店のある保養地
程度しか認識していなかったから・・・・・
ポールラッシュ博士が戦後自信をなくし食べていけない日本人を見て
山間部農業コミュニティからの日本の復興をめざし実践した地であることを
まったく知らなかったから・・・・
(恥ずかしくてどこかに隠れたい・・・・)

 

 

 

 

 

 

・「森療時間」というプログラムを試行錯誤実際に行ってきたという実績は
セミナーの資料や講師の言葉の随所に現れている
・パンフレット等が非常にまとまっていて無理がない
・研修室後ろに設けられた参考図書コーナーはすぐ読みたくなる本が目白押し
・「人が元気になる瞬間」と題された資料はまだ荒削りではあるが
これからの大きな可能性を感じさせる
・参加者同士の交流も考えられていて互いに触発される
・そしてなにより講師やスタッフの人柄にひきつけられる

そんなことを感じながらのセミナーだった

 

 

 

 

 

 

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山梨県清里キープ協会へ(1日目午前)!

この週末に思いきって山梨県の八ヶ岳にある清里キープ協会へ行ってきた。
「第一回森林療法プログラム体験セミナー」に参加するためである。

朝3時過ぎに起床し4時過ぎに車で家を出発、
9時前には現地に着いていた。
午後からのセミナー開始の前に
キープ協会清泉寮を取り巻く
八ヶ岳南麓の自然を体で感じたかった
さっそくフロントの方に地図やハイキングの注意点を教えてもらい
川俣渓谷に入る
「先般の地震の影響で少し荒れたところがあるので気をつけて
いらしてください」
渓谷に降りてゆく斜面はなるほど気を抜くと危険だな・・・と感じたが
途中目に入る行き先や所要時間表示等の看板の様子や
現場の状況をよく把握したフロントマンの対応に
安心感を覚えたのでそのまま先へ進んだ
程なく水量の多い瀧に出会う

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=2OAg8CMGGOM[/youtube]

澄んだ水
流れる音
日光
木々の緑
鳥のさえずり
そして思わずすくって口に含む水の冷たさ

ただ単純に清々しくその場の空間と時間を楽しんだ

まだ歩き始めて30分も経たないというのに
こころと体はもう自然に吸い込まれた
日本文化に「禊」というものがある
体の穢れを落とす儀式
なんとなくわかるような気がした

いたるところ大きな石がごろごろしている
困って迂回したり
ぴょんぴょん跳ねたり飛んだり
その姿を天から見たら
まるで蟻やバッタが小石を越えて苦労して進んでいく姿と重なっただろう
「ドサッ!」「ク・・・・!」
油断大敵!思いっきり「ズッコケた!」
肘の久しぶりの擦り傷がなんだか懐かしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渓谷は何故綺麗と感じられるのか
何故そこに神聖さを感じさせるのか
それは
生命の源である水が
求道者のように気高く透き通っているからだろう

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夢が丘の遊歩道、ツツジに囲まれてウォーキング!

5/15(日)今日は朝から久しぶりの二日酔い、少し頭が痛い
昨日は干支の1順先輩、2順先輩の3人で酒を飲んだ
話していて同じネズミ年とわかって3人でビックリした・・・・・
帰ってきてからの記憶がない
朝目覚めると本当にいいお天気
どうやら台所で寝たようで毛布をかけてもらっていた(お恥ずかしい限り・・・・)

夕方久しぶりに
夢が丘の遊歩道に
ノルディックウォーキングに行った

穏やかな日の光と時間の流れ
そこはツツジの花が咲き乱れていた
遊歩道を歩きはじめると
甘い香りがあたりにたちこめている

こんな綺麗な世界が身近にあるのに
どうして人がいないのだろう
どうしてみんななけなしのお小遣いをはたいて遠くにいくんだろう
せっかくローンを組んで自然の中にマイホームを建てたのに
周りの美しさに気づかないなんて・・・・
いや・・・私も最近までそうだったと思う
何が幸せで何が大事か、何が豊かなのか
2年前の手術以来確実に考え方が変化しはじめている自分がいる・・・・

遊歩道を進むと池の水面の高さに近い場所をすぎる
水面に目を凝らす
ゆっくりとした波紋の動きが美しい
人間は水面を見ると心が落ち着くようだが
その理由は
この音をたてずにゆっくりと規則正しく
でも時折予測できない動きをする波紋の「ゆらぎ」に
人間という生き物のリズムが同調するからなのか?
[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=Dr5MI2qbBpo[/youtube]

現代日本人は学校の物理学で波紋を教えてもらい理解する
しかし本当にわかったといえるのだろうか?
波の法則を突き止めた人は
たぶん波の不思議にとりこにされ
目を凝らして波の動きを見つめたはずだ
現代日本人は学校で習ったらそんなものかと思い
波紋自体を意識の中から捨ててしまったではないか
そうなると目を凝らして見なくなる、感動しなくなる
そんなことをふと考えた

遊歩道をあとにして
多くの車が走る県道にそって南下してゆく
ドライバーの視線が少し前と違ってきたように感じる
「あれ何?」から「ああ、やってる人がいる!」という表情へ
ノルディックウォーキングの氷河地帯も少し溶け出したか?

迷わず恥ずかしがらず
あきらめず
続けてゆく

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